批評

「黄色いお空」と「白い椅子」 色の異なる働きについて

黄色いお空でBOOM BOOM BOOM - Single 黄色5 J-Pop ¥765 music.apple.com 白い椅子 柴田聡子 オルタナティブ ¥255 provided courtesy of iTunes music.apple.com ここに地球上でもっとも良いであろう楽曲がふたつある。 黄色い空と白い椅子。このふたつの曲…

Tokenmaxxing批判論

最近、MetaやShopifyのようなTech企業では、従業員たちのパフォーマンス評価に「AIをどれだけ使ったか」という指標を組み込み始めている。 それだけ聞くと、AIツールをあまり使わずに自分の力で仕事をできた人を評価する仕組みと思う人もいるかもしれないが…

マーティ・マウザーの起業家精神 『マーティ・シュプリーム』評

本来的には、私たちの人生に目的はない。あるのはひらかれた可能性の原野だけだ。 だとしても、私たちはやはり何らかの「目的」を設定してそれに向けて自分自身を牽引することで人生を展開していく。「甲子園に出る」「学問をマスターする」「英語を話せるよ…

『欲望のあいまいな対象』評 カメラと対象の間に広がる布の弛み

カメラと対象の間に広がる豊かな布があるとして、それは光沢のあるシルクか、あるいは純白のレース地かもしれない。この映画において、カメラの前に広げられた見えざる布はいつもどこか弛みをもち、決してピンと張られることはない。 たとえば、白鳥たちを捉…

『よそ者の会』オリジナル&セルフリメイク二本立て 評

「よそ者の会(2023)」と「よそ者の会(2025)」という同じ監督によって二度撮られた作品を二本立てで観る機会があった。 元々は大学院入試のために撮られた作品だったものを、映画美学校の企画でセルフリメイクしたのだという。同じ監督によるオリジナルとリメ…

『Ham on Rye』評 子とともに「死ぬ」ことを心待ちにする大人たち

アメリカのとある田舎町。その日は町の人々にとって最も大事な日。ジャケットやドレスで着飾った少年少女たちが地元の店「モンティーズ」に向かう。そこでHam on Rye(サンドウィッチ)をかじりつつ待っていると、カップル成立を目指した儀式が始まる。その結…

『One Battle After Another』評 PTAのカメラが持つ異様な説得力を警戒せよ

大切な友だち夫婦とレイトショーで『One Battle After Another』を観た。終わったあと映画の話をしながら歩いて帰るのに10月は最適な季節で、夜道にはたくさんのジョロウグモたちの巣が銀色に光っていた。 映画はほとんど文句のつけようがないほど完璧な出来…

『オルエットの方へ』評 バカンスはマジになったときに終わる

バカンスは爽やかで愉快でほろ苦い。なぜそうなりがちなのだろう。振り返れば、私の過ごしたあらゆる夏休みも爽やかでかつほろ苦かった気がするし、(バカンスの一種として)あらゆる恋愛も爽やかさだけなんてことはなく必ず苦みを持ってしまうものだ。 あくま…

『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』評 「待ち伏せ」から「待ち合わせ」へ-変容するイーサン・ハント

本作に限らず『ミッション:インポッシブル』シリーズ全般がそうだが、正直何が起こっているかよくわからない(正確には、起こっていることの論理的整合性がわからない)。何が起こっているか「わかる/わからない」ことと、作品が「おもしろい/おもしろくない…

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23』 “原理的に終わることのない映画”という夢

この映画は200分もあるのだけど、その長さはまったくもって正当なものだった。そもそも、時間というのは空間化されて区切られることである長さを持つようになる。しかし、この映画では時間の区切りというものがみるみるなくなっていく。つまり時間の長さとい…

『教皇選挙』評 亀を持ち上げる手のサスペンス=信仰のサスペンス

選挙の退屈さを打ち破る衝動的な手の運動 選挙で動くものは、身も蓋もなく言えば票である。しかし、票が動くことは映画的な快楽とは何の関係もない。誰に何票入ったかということそのものは、映画的なおもしろみにはならない。映画的な快楽を形作るのは、票の…

『バッドランズ』評 「アメリカ映画」に息づく異常な主体性の速度

youtu.be 「アメリカ映画」への違和感に向かって 宣伝で「アメリカ映画史上の最重要作」と謳われていて、訝しく思っていたが、観てみると本当にその通りで、驚いた。この映画は、アメリカ映画への批判的視線によって、まさに最高のアメリカ映画になってしま…

「メキシコへのまなざし」展 芥川(間所)紗織の描いた世界を変えてしまう身体

「メキシコへのまなざし」@埼玉県立近代美術館 この展覧会で最高だったのは、芥川(間所)紗織という作家に出会ったことだった。彼女の作品を見た瞬間、体に電流が走りその場に釘付けになった。そのときの衝撃と幸福に向かって、この文章は書いていきたい。 そ…

この冬いちばん寒かった日/芥川(間所)紗織と出会った日 2025.3.8

朝、食パンを切らしていて代わりにクッキーを食べた。それから洗濯だけして家を出た。 家の前の低く垂れさがった電線にヒヨドリが留まっていて、寡黙に辺りを見回している。彼の周囲を小さな虫が飛び、それがきっかけかかわからないが糞をした。私にも、体外…

描くことの倫理が裏返るとき 小西真奈「Wherever」展

『Rain』という作品の前に立っていた。その絵を最初に目にした瞬間からその場に釘付けになり、一体何分が経っただろう、もう終わりなく私の視線はキャンバスの上をなぞり続けていた。冬の乾いた空気が、私からキャンバスまでの空間を埋めているのだが、「Rai…

『動物界』評 愛とは秘密を開示する場となること

youtu.be 人間と動物 比喩的でない関係において 人間とそれ以外の動物の関係は典型的に比喩的関係として捉えられる。 たとえば雛鳥が巣立つまでの過程に人間の思春期から親離れまでを見る。「雛鳥が巣立つように」大人になるということである。また、ジョン…

陰謀論者は恋をしている

恋をするとき、私たちは陰謀論に陥る 私たちはいつ陰謀論者になるだろうか? そう問うてみて、多くの人に経験があってそして何よりも強烈な陰謀論、それは恋をしているときに陥ることになる陰謀論ではないかと思った。 恋をすると世界がその相手を中心に意味…

「舞妓/くん」解体され回復される意味 お笑いトリオかたつむり

吉本無限大ホールでやっている「ワラムゲ」で見たトリオかたつむりの「舞妓くん」のコントが素晴らしかったので、それについて書きたい。 かたつむりの三人 「舞妓くん」において痙攣する三人 まずこのコントの基底には三人が起こす痙攣(=機械的な反復)の構…

原 水道水という漫談家 現実の生々しさを露呈させる力

※ネタの具体的な描写に触れています 2024/10/28(月)、高円寺ジュンジョーという小さな劇場でマセキジュニアユースライブを見た。そこに出演しているのは、ほとんどが芸人を始めて一年目の若手である。その中に「原 水道水」というピン芸人がいた。彼女が披露…

「Super Happy Forever」論 赤いキャップというForeverに触れる

新宿武蔵野館で五十嵐耕平監督の「Super Happy Forever」を観た。まだかろうじて夏の知覚を覚えているこの時期に、必要十分でよくできており、同時に、映画の外へと緩やかに繋がっていくような印象を残してくれるこの素晴らしいバカンス映画を観られて幸福だ…

映画が具体的である瞬間 ニナ・メンケス「クイーン・オブ・ダイヤモンド」

youtu.be ※作品の具体的な描写に触れています 具体的なショットの連鎖は、希望も絶望もしないでどこかに到達することを回避しながら延々と続いていく 具体的な映画というものがある。ニナ・メンケス監督の「クイーン・オブ・ダイヤモンド」はそうした映画の…

「悪は存在しない」という宣言は二度問われ、私たちは息も絶え絶え原っぱに取り残される

youtu.be ※作品の具体的な描写に触れています 「悪は存在しない」というタイトルの周囲で 映画に対してタイトルが重要な意味を持つかどうかは作品に依ると思うが、この映画の最初と最後にスクリーンに映される「悪は存在しない」という端的な宣言には、否応…